「櫻守」

 8月29日(月)
 関西の人のおしゃべりを聞いていると、「わかる?」「わかるか?」と、いちいち確かめるのをよく耳にします。東日本ではまずないと言ってもいい、会話上の習癖でしょう。
 当地へ来たばかりの頃は、この手の人と話すと、「わかる?」が飛び出す度に「くどいなあ」と思ったものです。慣れたせいもあるけど、今ではこの「わかる?」は文字通りの確認質問ではなく、話し続けるうえで間を取るというか、調子を整えるために言ってるのでは、と感じています。
 昨日、電車の中で読み終えた水上勉氏の「櫻守」(新潮文庫)は、桜を愛した庭師の生涯を描いた物語。ソメイヨシノ偏重主義は日本の桜本来のありようではないことや、「人の手の入らない自然保護はありえない」といった考えを、30年以上前に示していたのは、ソメイヨシノ一色の桜山に何の疑問も持っていなかった僕にしてみれば、驚きではあります。
 それはともかく、この小説の中には庭師同士の会話などで「わかるか」が、ちょくちょく出てきます。「細雪」には「わかる?」は、ほとんど出て来なかったと思います。この違いは、「細雪」の会話は大半が女性同士であるせいではなく、関東人の谷崎潤一郎には使いこなしきれなかったけれども、関西弁で生まれ育った水上勉は生かせたのではないかと思うのですが、考え過ぎかな。
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 うちから見た今日の日暮れ。まだまだ暑いけど雲は秋っぽくなってきました。
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by maruyamamasaki | 2005-08-29 21:36 | 関西の小説と映画


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