造幣局の通り抜け

a0010524_1723187.jpg 4月14日(金)
 平日休みを利して、恒例の桜見物を楽しみに西下。あいにくパッとしない曇り空でしたが、見物客はまあいるわいるわ。先月、梅見ついでに造幣博物館に寄った時には、「通り抜けが始まる前に咲き終わっちゃうのでは」と心配したのですが、全くの杞憂でした。一部の早咲き種で散ってしまった桜はあったものの、数の多い「関山」はほとんど開花していなかったくらい。
 もっとも、通り抜け期間中だけで開花状況は結構変わるので、こちらの「造幣局・桜の通り抜け」をチェックするのがよろしいかと思います。といっても、18日でおしまいですが。
 「大川沿いのソメイヨシノが散った頃に通り抜けの桜を楽しむ」のが通例。でも、今年は大川の桜も散り始めとはいえ、まだまだきれいに咲いており、得をした気分です。
 (写真は、通り抜けの「今年の花」である大手毬)
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# by maruyamamasaki | 2006-04-17 17:47 | 大阪市

花・彩・祭おおさか2006

 4月14日(金)
 「通り抜けを見るなら、大阪城の桃園を見てからそのまま北上して会場入口へ」とは、友人tktaku氏お勧めのコースですが、今年は大阪城を会場に花・彩・祭おおさか2006も開かれています。
 まともに見ると結構、時間がかかりそうなので、タダで見られる本丸地区だけを見物。大阪市内の各区や学校からの出展作が中心ですが、面白かったのは天守閣西側に展示されている「リサイクル系プランター」。
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 上の写真は壊れたビニール傘をプランターにして花を植え込んだものです。美しいか、と言われると?かもしれません。しかし、放置されたビニール傘に土がたまり、舞い込んだ草花が咲くといった、現代的な自然を示唆しているようでもあります。
 受け取り方はともかく、このゾーンの展示はなかなか楽しませてくれました。
 ここを見てから、お約束の「桃園」を歩き、「通り抜け」を楽しんだ後、そのまま大川沿いの桜を堪能しながら北に向かってOAP展望台へ、というのがベストコースでしょう。その途中にあるOAPアートコートギャラリーでは、キャノン主催の「写真新世紀展」が開かれており、タダで見学できます。
 写真を評価するのは難しいのでやめておきますが、個人的には西野壮平氏の作品「 Diorama Map」に目を引かれました。東京、大阪、広島など、街のミクロ的な風景を何枚も使ったコラージュが、都市を鳥瞰した地図そのものになっている作品です。ぱっと見た目にはすぐできそうだけど、やってみるとまず出来ないといった趣でした。
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# by maruyamamasaki | 2006-04-17 17:04 | 大阪市

実相院門跡

4月14日(金)
 通り抜けの後は京都・平安神宮の紅枝垂れ桜を観に行くのが当初の予定。それで、OAPから無料のシャトルバスで梅田(といっても東梅田駅の上にあるOSホテル前)へ行き、阪急で河原町に向かう。
 しかし、この曇り空では「夕映えの社殿と紅枝垂れ桜」というベストマッチは、今年も楽しめそうもありません。もともと夕方からは洛北で開かれる別のイベントに行くことになっているから、夕映え自体が無理だ。
 だったら、まだ行ったことのない所へ行こうと、京阪電車の広報紙「K−PRESS」を見ると、実相院で「つるの間」を特別公開しているとのこと。最寄りの叡山電車「岩倉」駅からなら、後のイベントにも行きやすいので、こちらへ行くことに。
 着いてみてようやく気づいたのですが、実相院はよく磨かれて黒光りした床に庭の紅葉が鮮やかに映る「床もみじ」で有名なお寺さんでした。「そういう時期に来ておけばよかった」と、在阪当時に訪ねなかったのを少々後悔。
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 「つるの間」の襖絵は素晴らしく、ここから見た枯山水(=写真)も美しい。でも、もっとよかったと思ったのは、帰り際、未練がましく?「床もみじ」などの絵はがきセット(500円)を買った時、入れてくれた紙袋が手作りで、しかも4年前のイベントチラシを使っていたこと。
 床もみじの写真を使ったチラシだから、それだけで美しいうえ、実相院オリジナルになる。物を無駄にしない姿勢にも好感が持てるし、これは手間がかかってもいいアイデアだと思います。
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# by maruyamamasaki | 2006-04-17 17:03 | 京都市

岩倉具視幽棲旧宅

 4月14日(金)
 実相院へ行くのに降りた叡山電車「岩倉」駅といえば、幕末に岩倉具視が退隠していた辺りのはず。そんなことを考えつつ、駅から10分ほど歩いて実相院に着く直前、「岩倉具視幽棲旧宅」という看板が目に入った。
 「えっ、そんなもんがまだ残ってるの」と驚き、実相院を見終わった後、まだ時間に余裕があったので立ち寄ることに。
 「加茂の水」(講談社文庫「王城の護衛者」に収録)をはじめ、司馬遼太郎の幕末作品にはこの岩倉宅の描写が細かいのですが、それもそのはず。本物がきちんと残っているんですから。
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 300円払って中を見学。旧宅内には上がれませんが、茅葺き屋根の小さな家で、庭に面した部屋のガラス障子が開いているので、中の様子は大体わかります。案内テープによれば、このガラス障子は幕末当時のもので貴重なんだとか。
 「加茂の水」では、岩倉の謀臣となった玉松操が倒幕の密勅や官軍のシンボルである錦旗の原案をこの岩倉宅で作り上げた様子が描かれています。中岡慎太郎、坂本竜馬、大久保利通らが密かに訪れたのも、こんな飾り気のない部屋だったのかと思うと、いかにも「歴史の裏舞台」らしい雰囲気がします。
 敷地内にある資料館「対岳文庫」は、岩倉具視が赤坂で遭難した時の着衣などを展示しています。自筆の短冊がありましたが、「明治時代には極細の筆ペンがもうあったのか」と思うほど、細い字で書かれていました。怪人だの奸物だのと悪評はあっても、お公家さんならではの一面を感じさせられます。
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# by maruyamamasaki | 2006-04-17 16:59 | 京都市

地球研市民セミナー

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 4月14日(金)
 洛北・京大演習林の一角にある総合地球環境学研究所の公開講座「地球研市民セミナー」は、京都の知恵袋M氏のご紹介で参加することになった。岩倉駅から実相院などとは反対方向に10分ちょっと歩き、地下鉄「国際会館駅前からシャトルバスで現地へ。
 うまい具合に、M氏や、M氏のボスで僕も仕事でずいぶんお世話になったH氏らと同じバスに乗れた。着いてみると、真新しい建物なんだけど、屋根は瓦葺きで煙出しまで付いていて町家をそのまま拡大したような感じ。内側から撮った写真なのでわかりづらいけど、外側から見ると半円形のようになっています。
 施設のことはさておき、今回はDNA考古学の第一人者である佐藤洋一郎教授が「モンスーンアジアからシルクロードヘ−ユーラシア環境史事始−」というテーマで講演してくれました。 「シルクロードにあった楼蘭王国が滅亡したのは、人口増加に伴って農耕をし過ぎたために地中の塩分が地表に噴出して土地が痩せ、ついには砂漠化したためらしい」など、興味深いお話(詳しくはこちら)でした。
 金曜日の夕方、京都市中心部から結構離れたこの場所に、100人も来るのかと思ったら、200人近くは来ていたようでした。さしたる宣伝があったとは思えないのにこの集客力、京都の奥深さを改めて知らされました。
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# by maruyamamasaki | 2006-04-17 16:56 | 京都市

見頃の梅

 3月20日(月)
 土曜日(18日)の夜だったと思うけど、NHKで北野天満宮の梅がようやく見頃になったとニュースで流していた。それでなくても「おいでおいで」と暗にささやくサイトがあり、いよいよ堪えきれなくなって?、梅見の旅に出発。
 イサイズじゃらんで大阪・天満のアパホテル(1泊5500円)を予約し、7:00羽田発伊丹行きの飛行機(ネットの特割で9500円)に乗るべく、千葉県船橋市の自宅を出たのは5:00ちょっと前。初日に大阪、春分の日に京都を巡ろうと当初は思っていたのですが、梅田に向かう阪急電車の中で、「平日の今日、京都に行った方がいいのでは」と思い直し、十三駅で京都線に乗り換えた。同じホームの反対側だから便利だ。
 大宮駅で降りて、市バスに乗って北野天満宮へ・・・ってのは、去年もやったこと。でも、今日の方がずっといい。青空に映える紅白の花、風に漂う香り、そりゃ水戸にだって小田原にだって同じような梅林はあるけど、やっぱり来てよかったと心洗われる思い。
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 こちらはタダで楽しめる天満宮境内の梅。高級カメラを構える方が多かったこと
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# by maruyamamasaki | 2006-03-22 21:51 | 京都市

京都府立植物園

 3月20日(月)
 京都へ来た以上、Niftyの元FBUNKA世話人M氏に声をかけずに素通りする訳にはいかない。しかし、平日の午前中、サラリーマンである氏をいきなり呼び出すのもいかがなものかと思いつつ電話してみたら、鴨川沿いにある銀行を改造したカフェでお昼を食べる手はずを取ってくれた。やはり元FBUNKAメンバーのPさんも誘い出してくれ、思いがけず華やいだランチを楽しむことができたのでした。
 さて午後はどうしよう。そこそこ梅林があるやに聞いていた府立植物園に行こうかと思っていたのですが、「梅酒用の実で有名な青谷はどう」とPさん。面白そうだけど、いかんせん、どう行くのかがわからない。結局、植物園を選び、Pさんに車で送ってもらった(感謝!)のですが、結果から言えば選択ミスだったのでした。
 入園料200円を払って中に入ってみると、そこそこ大きな温室があり、近づくと「温室入場料を払え」ときた。悪徳商法みたいじゃん。それほど熱帯植物に興味があるわけじゃなし、そもそも梅を楽しみにきたんだからと、温室に背を向けて梅林を探す。
 実のところ、ここは桜は数多く植えられているけど、梅はそれほどでもなかったのです。それはまあいい。梅のほかにはクロッカス程度しか咲いていないのも、この時期だからしかたない。そうなると、これしか花の咲いてない場所へ入るのに200円も払ったのは騙されたようなもんじゃん。まあ、これだけの植物園を維持するのにかかる費用を考えれば、やむを得ないことかもしれない。
 しかし、それだけに、温室はまた別の入場料を取るという仕組みがよけいに腹立たしい。地元のリピーターには、温室に入らない分、入園料を実質的に負けてくれていると受け止められているのだろうか。
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 「城州白」という種類を初めて見たのが府立植物園での収穫
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# by maruyamamasaki | 2006-03-22 21:22 | 京都市

大阪城梅林

a0010524_21201647.jpg 3月21日(火)
20日の晩は会社の先輩氏と飲み続けたため、来阪の目的の一つだった柿右衛門のバッテラは食べ損ねてしまった。この店、「美味しんぼ」に出てくる「岡星」が三次元化したんじゃないかと思うくらい、素晴らしい仕事ぶりなのです。東えびすたる僕に「バッテラ」のイメージを180度転換させ、中毒状態?に陥らせたあげく、体重増をもたらしてくれたものでした。
 残念ながら、夏までで今の店はたたむとのこと。例年、バッテラを作るのはいい鯖が手に入る3月までなので、この機を逃したくはなかったのですが、仕方ありません。
 それはともかく、最大の目的は「満開の大阪城梅林の見物」なので、朝9:00過ぎに現地へ。昨日と違って薄曇りで、花の色はやや冴えに欠けるものの、香りを胸一杯に吸い込むと心身共に清められるよう。きのう、飛行機で上空から大阪城を見た際、梅林がまだ十分に色づいていて安心はしていましたが、やはり来てよかったなと思う。東京の都心部には、こんな梅林はないもんなあ。
 (写真は、ほぼ満開になっている「八重揚羽」と大阪城天守閣)
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# by maruyamamasaki | 2006-03-22 21:20 | 大阪市

泉布観

 3月21日(火)
 大阪に僕を呼び寄せた元兇?である盟友tktaku氏に電話し、来阪のお目当ての一つ、南船場の「味万」でお昼を食べることに。天むす定食か味噌カツ定食か、それともカレーうどんか、さんざん迷ったけど、僕は味噌カツ定食に。tktaku氏はカレーうどん。
 天むすをテイクアウトして、再度大阪城梅林へ。サイトが大阪城天守閣の公式サイトからリンクされているほどの梅林ウォッチャーであるtktaku氏は、これで1週間近く連続の散策ですが、飽きることはないという。ここには97種類の梅がありますが、あと2種類を見つければ満願成就とのこと。大したもんです。
 この後、年に1度の公開がきょう21日までの泉布観へ。これで3年連続の見学、tktaku氏に至っては2日前に見たのをまた付き合わさせてしまったけど、勘弁してちょ。
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  泉布観2階北西室の内部。暖炉のタイルには鳥や魚、草花が描かれている
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# by maruyamamasaki | 2006-03-22 21:19 | 大阪市

武蔵墨書小判

a0010524_2117738.jpg 3月21日(火)
 泉布観と国道2号を挟んで南側に建つ造幣局にある造幣博物館は、普段なら祝日は休館だけど、特別展「写真で見る桜の通り抜け回顧展」が開かれている30日までは開いているというので見学に。既に見たtktaku氏も無理矢理に付き合ってもらった。
 今年の「通り抜け」は4月12日(水)から18日(火)までの7日間だそうですが、造幣局の入口から博物館の玄関までの桜のつぼみは結構膨らんでいました。あと3週間ほどの間に、ひょっとすると咲いちゃったりして、肝心の通り抜け期間は散り始めってなことにならなきゃいいのですが。僕みたいな素人が心配したって、造園管理の専門家が長年の経験で決めたことなんだから大丈夫でしょうけど。
 久しぶりに造幣博物館に来て驚いたのは、「武蔵墨書小判」=写真=をちゃんと展示していたこと。先日、読んだ「黄金の華」(火谷雅志著、文春文庫)によれば、後藤庄三郎が徳川家康の命を受けて最初に作った小判です。東京・日銀本店近くの貨幣博物館には展示がなく、「関東で流通させた小判が日銀系の博物館にないんじゃ、現物はもう残ってないんだろうな」と思っていましたが、さすが造幣博物館、大したものです。
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# by maruyamamasaki | 2006-03-22 21:17 | 大阪市

お世話になりました

a0010524_2115614.jpg 3月21日(火)
 1泊2日梅見上洛でしたが、天気にも恵まれて十分に心の洗濯ができました。
 突然の来訪にもかかわらず素敵なランチをセットしてくれたMさん、車で送ってくれたPさん、風来坊を笑顔で向かえてくれ、遅くまで付き合ってくれた元職場の先輩の皆様、それに同じ場所を続けて見るのに嫌な顔一つせずに付き合ってくれたうえ、テイクアウトの天むすまでおごらせてしまったtktaku氏、本当にどうもありがとうございました。
 (写真は、同じ木から紅白2色の花が咲く「思いのまま」@大阪城梅林)
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# by maruyamamasaki | 2006-03-22 21:16 | 大阪市

おさらばでござる

 11月27日(日)
 ♪この日が来るのが怖かった
(何の歌詞だかわかる人は同好の士でしょう)

 本日、大阪を去ります。
 約1年8か月にわたり、この駄文とヘタクソ写真をご覧いただいた皆さま、本当にありがとうございました。生来の無愛想さゆえ、コメントを付けられない設定にしておりましたが、思わぬ数のアクセスをしていただいたことは、望外の喜びでした。
 職場の先輩諸氏、大学の同級生であるtktaku氏、関西在住のNIFTY-Serve:FBUNKAメンバー及びその関係者の方々には、上方暮らしをしていくうえでの有益なアドバイスをいただき、素晴らしき日々を送らせていただいたこと、心より感謝申し上げます。
 またどこか、あるいはネット上でお目にかかる時は、どうぞよろしくお願いいたします。
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     これにて「SNAP in Kinki」閉門いたします(@京都・仁和寺)

<という訳で、今後の更新は何かの用事で関西を訪れた時ぐらいになります。新しい日記がたまにしかアップされない点、どうかご了承くださいますよう>
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# by maruyamamasaki | 2005-11-27 01:10

花博記念公園

 11月23日(水)
 来阪以来、まだ行ってない花博記念公園を訪ねてみることに。
 ここを会場にした1990年の花博の時、九州ドライブの帰りに見物したのですが、何せ暑かったことしか覚えがなく、今も残る「咲くやこの花館」「鶴見緑地展望塔」も混雑していて入れずじまい。15年ぶりのリベンジ?を果たしに来たようなものです。
 美しく整備された公園には、好天に誘われた家族連れがいっぱい。「咲くやこの花館」を目指すうちに、どこかで道を曲がり損ねて池に到着。カモやユリカモメらが渡って来ており、餌を投げては鳥たちに食べさせて遊ぶ人たちが結構いました。
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 ナイスキャッチ!最近のデジカメは高性能で、この瞬間を苦もなく捕らえられました
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# by maruyamamasaki | 2005-11-24 00:04 | 大阪市

バカボンズ

 11月23日(水)
 改めて「咲くやこの花館」を目指して行くと、広場の方からコンサートの音が聞こえてきた。歌は70年前後のフォークが中心で、女性も男性も何だか気になる感じの歌声。この際だから寄り道して広場へ行くと、演奏していたのはバカボンズというグループ。
 ネットで検索してもこの紹介ぐらいしかわかりませんが、中高年のアマチュアバンドのようです。ギター、フィドル、アコーディオン、マンドリンを揃え、レパートリーもかなり広そう。時間さえ許せばずっと聴いていたい、心地よい演奏でした。
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 いずれどなたかが、バカボンズをもっと紹介していただけるのを楽しみにしています
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# by maruyamamasaki | 2005-11-24 00:01 | 大阪市

ついに捕らえた!

 11月23日(水)
 「馬鹿と煙」の同類項たる僕は、大阪市内の主だった展望施設には上ってみました。「咲くやこの花館」で熱帯から高山まで様々な花を楽しんだ後に行った鶴見緑地展望塔は、高さが60mと他の展望施設より低く、眺めに大して期待はかけていませんでした。
 ところが、太陽の塔がここから見えると表示板に書いてあるじゃないですか。よもや大阪市内から見える場所があったとは。
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 表示板の写真から何とか太陽の塔を望む方向を発見。肉眼ではこの通り、何にも見えず。
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 デジカメの光学10倍ズームで見てみると、中央付近にそれらしき形を発見。
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 さらに電子ズームで4倍に拡大(計40倍)すると、太陽の塔の顔がどうにか見えました。
 まあ、大阪市内から遠望することができたからといって、一般的にはどうということはありません。でも、太陽の塔にこだわりのある身ながら、これまでそういうことを思いつかなかっただけに、この発見は大きかったのでした。
 ひょっとすると、梅田スカイビルの空中庭園展望台からも見えるのかもしれません。
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# by maruyamamasaki | 2005-11-23 23:59 | 大阪市

たこ焼き

 11月23日(水)
 花博記念公園を後にして、久しぶりに大阪城へ登城。お腹も空いたので、たこ焼きを食べることに。
 関西に全く縁のない家庭で育った僕が、この世にたこ焼きなる食べ物があるのを知ったのは「タイガーマスク」を見た時でした。伊達直人が大阪城の近くでたこ焼きを食べていたのが印象に残っています。記憶違いかもしれませんが、ともかく僕の頭の中ではそうなっているのです。
 17年前に大阪で働いていた友人F氏を訪ねた時には、無理を言ってわざわざ大阪城天守閣前で初めてのたこ焼きを食べたもんでした。
 ここでたこ焼きを食べるのはそれ以来のこと。これもどうでもいい話ですが。
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 背景ボケしてますが、今年の「菊のステージ」は去年を上回る出来映えだと思います
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# by maruyamamasaki | 2005-11-23 23:56 | 大阪市

大阪市長選

 11月22日(火)
 泊まり明けの帰途、区役所に寄って転出届の手続きを済ませる。引っ越しは27日の日曜日ですが、気になっていたのは「この日に転出すると、市長選の有権者資格を失ってしまうのではないか」という点。
 2年前に大阪市へ転入した直後、市長選、府知事選と大きな選挙がありながら、有権者資格を得られなかったために投票できず、今回もまた逃してしまうくらいなら異動日を変えようとさえ思っていたのでした。別に厚遇問題がどうだとか、市政に関心が強いわけじゃないんですが。
 ともかく、窓口で訪ねてみると「異動日はあくまで予定ですし、今引っ越すからといって有権者資格がなくなることはありません。何だったら、期日前投票でもどうぞ」とのお話。安心して、手続きを終えたのでした。
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 それにしても、本当に選挙をやってるのかと思うほど、盛り上がっている気配がありません。うちの近くに選挙カーは来ないし。候補者の掲示板自体、衆院選の時より少ないんじゃないかと思うほどです。
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# by maruyamamasaki | 2005-11-22 12:59 | 大阪市

真如堂

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a0010524_1234051.jpg 11月21日(月)
 夕方からの勤務の前に、京都の紅葉見物へ。阪急の回数券を消化するのが本当の目的?でしたが。
 去年の紅葉シーズンで、最も印象が深かったのは真如堂。期待して行ってみたら、場所によってはまだまだ、というより紅葉しないうちに枯れそうな雰囲気でした。上の写真とほぼ同じ場所が、去年はこんな具合。時期が半月ほどずれており、その分、今年もまだこれからと期待できなくもありませんが・・・。
 三重塔の周囲は、そこそこ赤くなっていて、ピークは今頃なのかもしれません。
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# by maruyamamasaki | 2005-11-22 12:44 | 京都市

東福寺通天橋

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 11月20日(日)
 上の写真は、本日午後1時半ごろ、京都の紅葉名所の一つ、東福寺・通天橋へ向かう途中にある橋の前の混雑ぶりです。雲一つない好天につられて出て来たら、想像はしていたけどこの有様。通天橋を見んとする人々の行列はこの橋を渡った先、東福寺三門の辺りが最後尾で、この段階で並んだとして通天橋に辿り着くには1時間はかかったんじゃないでしょうか。
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 これは前の写真の橋から撮った通天橋の様子。ここからでも紅葉はそれなりに見事ですけど、お金を払って眺めるあちらからの景色は、きっともっと素晴らしいんでしょうねえ。
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# by maruyamamasaki | 2005-11-20 19:12 | 京都市

「落陽のパレルモ」

 11月19日(土)
 文化面での良きアドバイザーたるMご夫妻、それにお二人の紹介で知り合ったIさんと3人で、宝塚大劇場花組公演「落陽のパレルモ」「ASIAN WINDS!」を楽しむ。
 宝塚の観劇は2度目。前回は2階席の一番後ろでしたが、今回はMご夫妻の尽力でS席の前から10列目と、舞台にぐんと近い場所で見られました。
 「落陽のパレルモ」は、Iさん同様「言いたいことはいろいろあるけど、そういうのは置いといて、楽しめた」のが、偽らざる感想です。予め結果のわかっている話をどう展開させるのか、難しい面はあったとは思いますが。「ASIAN WINDS!」は、華やかさに見とれているばかりでしたが、「蘭寿とむがチャイナドレスで出ていた」と、通のM夫妻はちゃんとチェックしておりました。
 その後は宝塚ホテルで一杯。の割には、帰宅は11時半近くでした。
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 午前の部が終わったばかりの宝塚大劇場の遠景。根強いファンがいっぱい
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# by maruyamamasaki | 2005-11-20 18:18 | 兵庫県

紅葉異変

 11月18日(金)
 京都に詳しい職場の先輩T氏に、高雄の紅葉を案内していただいた。
 京都駅から満員のバスに揺られること約1時間、最初に訪ねたのは神護寺。国宝・伝源頼朝像を所蔵しているお寺です。一旦、階段を下って清滝川に架かる高雄橋を渡り、今度は階段を上っていく、ちょっとしんどい道でした。モミジの色づき具合は5、6分程度でしょうか。赤い所は赤く、緑のままもあり、中間は黄色という木もありました。
 清滝川沿いを歩いて、紅葉が売り物という西明寺へ。パンフレットには鮮やかな紅葉の写真が載っていますが、実物とは程遠い印象。1、2本、真っ赤な木もありましたけど。
 昼食をごちそうになり(後でおやつも夕食も・・・ごちそうさまでした)、さらに清滝川沿いを上って高山寺へ。お寺に伝わる国宝・鳥獣人物戯画は現在、博物館に保管されており、ここで見られるのは実物大の複製。同じく国宝の明恵上人樹上坐禅像も、掛けられているのは複製とのこと。ここもパンフレットの紅葉にはまだ及ばず、午後の弱い日差しでは光に映えない感じでした。
 最後に、紫野・大徳寺の塔頭「高桐院」へ。Tさんによれば「何年か前までは、団体さんなんか来なかった」穴場だったそうですが、結構、訪れる人がいました。もう夕方に近く、にわか雨に遭うような雲行きだったので、モミジの色はくすみ加減でしたが、晴れた午前中に来れば鮮やかな色が楽しめそうです。
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 こんな色ばかりじゃありませんが、今はこんな色づきが目立つのは確か(@西明寺)
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# by maruyamamasaki | 2005-11-18 23:06 | 京都市

琵琶湖一周ドライブ

 11月13日(日)
 同じ当番で泊まり明けだった先輩N氏と、懸案だった琵琶湖一周ドライブをいよいよ実行。電車では一回りしたものの、特に東側は湖岸からかなり離れているので、車で回る方がずっと爽快だろうと期待度は大きい。
 N氏の車はワーゲンのビートル。それも昔のカブトムシ。メキシコではまだこのタイプを作っているそうで、僕も乗るのは初めてです。この時期に決行したのは、紅葉を楽しめるのもさることながら、「夏だとクーラーが効かなくてな」とはN氏の弁。
 少々不安を覚えざるを得ないエンジン音を耳にしながら京都を出発し、比叡山の南麓を抜けて琵琶湖の西岸へ。近江八景の一つ「晩鐘」の三井寺を通って南下し、「晴嵐」の粟津、「秋月」の石山から「瀬田の唐橋」(=写真)でひと休み。
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 新幹線や名神高速道路からわずかに見える琵琶湖は、南端とも言えるこの辺りですが、真の南端はさらに約4K向こう、琵琶湖から流れ出す水量を調整する南郷洗堰です。そこまで行ってから北へ反転、矢橋「帰帆」島を抜けて琵琶湖大橋の手前でまたひと休み。対岸は「落雁」の堅田、ズームをかけて「浮御堂」(=写真)を眺める。
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 琵琶湖大橋を渡って、「暮雪」の比良山地を横目に西岸を北上。運転しているN先輩には申し訳なかったのですが、眠くてたまらない。近江最古の大社「白鬚神社」で睡魔を追い払い、竹生島を右手に眺めつつさらに北上。
 最北端にある賤ヶ岳のそのまた北側にある余呉湖に着いたのが午後3時半頃だったでしょうか。はるけくも来たものかな、ですが、まだ半周しか終わっていません。
 東岸を南下して長浜城、彦根城を通過した頃には完全に日暮れ。近江八幡の水郷風景やヴォーリズ建築などは、暗くてさっぱりわからず。夕食を済ませてさらに車を走らせてもらい、再び琵琶湖大橋を渡って大原、八瀬、修学院を抜け、京都・四条に到着したのは午後9時でした。
 近江八景のうち「夜雨」の唐崎だけがぬけていますが、去年の今頃、盟友tktaku氏の案内で現地を訪ねており、今回のドライブで全部見て回ったことになります。ともかくも、同じ睡眠不足の状態で車を運転し続けていただいたN先輩、どうもありがとうございました。
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 ワカサギ釣りの名所でもある余呉湖北岸から賤ヶ岳を眺める。琵琶湖はそのまた向こう
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# by maruyamamasaki | 2005-11-14 12:49 | 滋賀県

正倉院展

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 11月10日(木)
 いやーっ、今年は凄い人出でした。
 恒例の正倉院展(11月14日まで)、去年は行ったタイミングがよかったのか、それほど混雑していなかったのですが、今年はとにかく多かった。今回から協力社になった読売新聞によれば、これまでの総入場者数は16万人を突破し、昨年の13万人を大きく上回っているとのこと。僕は午前10時台に入ったので、その時はまだ並ぶほどじゃなかったけど、11時過ぎに出てきたら写真のような具合。
 正倉院宝物中屈指の名宝である碁盤「木画紫檀棊局(もくがしたんのききょく)」が12年ぶりに出陳され、見る側としてなじみやすい印象があるせいでしょうか。中に入ると、全体としては舞踊の面や衣装などがあった去年の出陳品の方が親しみやすかった気もしましたけど。
 通によれば、正倉院展の出陳品は宮内庁側ですべて決めるらしく、奈良博物館側が要望は出せないのだそう。
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# by maruyamamasaki | 2005-11-10 16:29 | 奈良県

姫路城

a0010524_11385332.jpg 11月7日(月)
 来阪して最初の休日に見に行った姫路城には、その後2回行ったものの、天守の上まで登ったのは最初の1回だけ。しかもその時はデジカメが電池切れして、ろくに写真を撮っていませんでした。
 大阪にいるうちにもう一度と、泊まり明けの足で姫路へ直行。今日まで秋の特別公開で、東小天守や乾天守にも入れるし。
 改めて見ると、高さ40m以上の天守を支える大柱など、やはり見事なもんです。濠端を歩くと、石垣に生えた草木が色づいていて、なかなかきれいです。
 櫓から何から片っ端から写真を撮ると、さすが大城郭だけにあっという間に5時近く。帰りの電車は元町で降り、阪急ガード下の「丸玉食堂」に寄る。
 (城の北側には秋めいたモミジも。全般的な見頃は1週間後でしょうか)
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# by maruyamamasaki | 2005-11-08 12:22 | 兵庫県

備中松山城

 11月4日(金)
 現存12天守のうち、まだ行っていないのは弘前城、犬山城、備中松山城、松江城、高知城の5城。弘前城以外は大阪にいるうちに行く方がいいとはいえ、この期に及んでは一つしか選べない。松江や高知は東京に戻ってからでも行く機会はあるのを思えば、ここは今を逃すと最も行きにくくなるだろう備中松山城を選ぶのがベストでしょう。
 連休を利用して、9時台の新幹線に飛び乗る。備中高梁駅に着いたのは午前11時前。駅の乗り換え橋上から見た備中松山城天守はこんな感じ。
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 一番高い山の頂上にある白い点が天守です。何しろ標高430mと、僕の育った千葉県の最高峰を凌ぐ高さにあるんだから、凄いものです。とても歩く気はせず、山の八分目ぐらいにある駐車場までタクシーで行き(駅から1200円前後)、そこから20分ほど歩いてようやく登城とあいなりました。
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 写真の通り、小さい天守ですが、数年前に大規模修理が終わったばかりで、なかなか綺麗です。中の展示も勉強になる感じでした。
 ところで、NHKの大河ドラマ「元禄太平記」が放映されたのは30年前(中年なのを痛感させられますな)ですが、「松の廊下」以前に「二人内蔵助」という、ちょっとしたヤマ場がありました。お家断絶に不満で一触即発を噂された城の明け渡しに大石内蔵助が向かい、立て籠っていた家老の鶴見内蔵助と話し合って無事明け渡してもらったという話です。
 その城というのがここ備中松山城。すっかり忘れていました。
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 本丸入口に掛けられていた注意書き。嘘だろうと思ったけど確かめる度胸はなし
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# by maruyamamasaki | 2005-11-06 01:43

石火矢町ふるさと村

 11月4日(金)
 備中松山城から車で下山?してきて、実際に政務を執っていた麓の御根小屋御殿跡(今は県立高梁高校の一部)辺りでタクシーを降り、JR備中高梁駅までぶらぶら歩く。
 この辺は武家屋敷や商家が残り、白壁が続く町並みがなかなか美しい。醤油製造販売業で利を成した旧池上邸(商業資料館)、武家屋敷の旧折井家・旧埴原家、頼久寺、明治期の尋常高等小学校を利用した郷土資料館を覗いて歩いた。
 展示もなかなか工夫しています。折井家では玄関を上がると控えている下男?の人形が両手をついて挨拶するし、埴原家は襖の一部をあえて破り、裏張りに手紙の反古を使っていた様子を示しています。頼久寺にはこの地を治めていた小堀遠州作の見事な庭があり、郷土資料館はかつての生活用具が雑然と並ぶ中に昭和天皇の御真影がかつてあったであろう場所に飾られている、といった具合。
 山を切り崩して造成した団地で育った身としては、こういう歴史の豊かな町を故郷とする人が羨ましいですねぇ。
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 武家屋敷・旧埴原家の柿の木が青空と白壁の町並みに映える秋の一日でした
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# by maruyamamasaki | 2005-11-06 00:56

天領のあかり?

a0010524_0535057.jpg 11月4日(金)
 今回の旅行で利用したのは、JR西日本の「岡山・倉敷ぐるりんパス」。2日間有効で大阪−岡山間の新幹線指定席往復のほか、岡山・倉敷・児島などのJRや路面電車、バスが乗り放題なのに加え、大原美術館、岡山城、後楽園など15施設がタダで入れる特典付きで、値段は新幹線の往復料金に毛の生えた程度の1万3000円と、実にお得感溢れる企画切符です。
 環状線の中吊り広告で知ったのですが、それに使われていたのが「天領のあかり」と称していた倉敷美観地区のライトアップ。高梁観光から戻って倉敷に着いたのは既に夕方だったので、どんなもんだか見て行くことに。
 結論から言うと、「闇に浮かんでます」って感じのライトアップを期待すると、がっかりします。雰囲気としては満月の晩ならこのくらいの明るさかなって感じ。僕自身、「川べりの街灯の光がちょっと当たってるだけじゃん」としか思えませんでした。多少、それらしく見えるのは中の明るい飲食店ぐらいです。
 見るなら昼の方がずっとましです。
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# by maruyamamasaki | 2005-11-06 00:55

後楽園

a0010524_0521349.jpg 11月5日(土)
 岡山市内のビジネスホテルを朝の7時半に出て、向かったのが日本三名園の一つ、後楽園。ここに来るのは14年前の夏、出張のついでに寄って以来のこと。
 その時は電車の乗り継ぎの合間にちょっと来ただけだったので、どんな場所だったかほとんど記憶に残ってなかったのですが、改めて見ると実に広い。まじめに歩いていたら、一回りするのに1時間以上はかかります。
 花の季節でもなく、さりとて紅葉も進んでおらず、見物には少々物足りない時期でしたが、ここで飼育しているタンチョウが姿を見せてくれ(=写真)、朝っぱらから訪れていた観光客の心を和ませていました。
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# by maruyamamasaki | 2005-11-06 00:53

岡山城

 11月5日(土)
 後楽園から旭川にかかる月見橋を渡って岡山城へ。「前に来た時は順番が逆だったな」と、歩きながら思い出す。
 このところ、焦り気味に城見物を重ねていますが、つくづく思うのは戦災で多くの城が焼けてしまったこと。僕はコンクリート造でも格好さえそれらしければいいのですが、広島城、和歌山城など、戦前は国宝に指定されていた天守があったのを知ると、本物が残っていればという気になるのも確かです。
 ここ岡山城も、戦災で国宝天守が焼失したとのこと。もともと軍事上の要衝だからこそ城がある以上、城のある街が狙われるのは当然なのかもしれません。とはいえ、戦争の悲惨さのほんの一部でも感じられるのは、城巡りの妙な効用?ではあります。
 現在、岡山城天守では秋季特別展「秀吉と備中高松城水攻め」が開かれており(11月20日まで)、これを見学。和睦のために切腹させられた清水宗治に関する資料が意外なくらい残っていて、甲冑や切腹に使った短刀、書状などが展示されています。
 笑っちゃいけないのですが、ユニークな写真展示も。数年前の大雨で、備中高松城のあった辺りが洪水となり、さながら高松城の水攻めを思わせる状態を写した1点がありました。往時を偲ばせるこれほどの写真は、ざらにはないでしょう。
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 岡山城で唯一戦火を逃れた月見櫓が特別公開されており中に入れたのはラッキーでした
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# by maruyamamasaki | 2005-11-06 00:49

倉敷・大原美術館

 11月5日(土)
 学生時代に愛読した内橋克人氏の「匠の時代」シリーズの中に、確か倉敷中央病院でボヤがあった際、天井裏や床下に防火壁がしっかりと設けられていたのがわかり、「大正時代にこんな所まで配慮して建てていたとは」と消防関係者が驚いていた場面があったのを覚えています。クラボウ中興の祖・大原孫三郎氏の偉さに感心したもんでしたが、その割にはそれっきり業績などを調べることもせずにいました。
 倉敷観光といえば、メーンは何と言っても大原美術館でしょう。エル・グレコ、ゴーギャン、マティスらの名作を一堂に集め、ベートーベンのデスマスクまであるときたら、よくぞここまで揃ったものだとため息が出るばかりです。
 これこそ金持ちの道楽だろうと思っていたら、そうでもないのが凄いところ。大原孫三郎氏が懇意にしていた画家・児島虎次郎から「優れた西洋美術のコレクションがないと、若い芸術家が育たない」と意見されたのを受けて、児島に蒐集を任せたのが始まりとのこと。
 そりゃ孫三郎氏本人だってコレクターとしての喜びはあったでしょうけど、この美術館自体も世のため人のためという性格を持っていたとは驚きでした。
 自分の会社さえ発展するなら横浜ベイスターズぐらい売り払ってもいいという、ドライな経営者さんにも、ちっとは見習ってほしいもんです。
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 この本館以外に3つの建物がある。特によかったのは濱田庄司や河井寛次郎の焼き物
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# by maruyamamasaki | 2005-11-06 00:48