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「祈りのかたち」

 9月15日(土)
 これといった予定はなく、いよいよ何もなかったら岸和田のだんじり祭を見物しようと思っていたのですが、前夜のオフで凄腕美女幹事さんから表題のイベント「祈りのかたち」に誘われ、行ってみることに。信心のかけらもない僕に理解できるかどうかはさておき、「琵琶盲僧の釈文」「かくれキリシタンのオラショ」「踊躍(ゆやく)念仏」を観る機会なぞ、この先めったにないだろうし。
 朝食兼昼食は、久しぶりに船場の「味万」のうどんと天むすと決め、本町から心斎橋筋を南下していくと、「臨時休業」。在阪当時からなぜか当たるんだよね、ここの臨時休業には。ならば、次善策?としてクリスタ長堀にあるインデアンカレーへ。まあ満足。
a0010524_2332186.jpg そもそも、国立文楽劇場に入るのは初めて。大阪暮らしを始めた2003年12月の末、黒門市場に来たついでに場所を確かめ、いつでも来られるからと油断しているうちに、結局行かず終いになってしまったのでした。
 午後1時に開演。「最後の琵琶盲僧」と呼ばれる宮崎・浄満寺住職の永田法順さんの釈文は、宗教的な物語を琵琶の音に乗せて語るもの。ある神様が亡くなった後に生まれた五男坊が、上の兄4人は春夏秋冬や東西南北を4等分してもらったのに、自分には何もないことに腹を立てて兄弟喧嘩をし、それを文撰大王という祈祷師が仲裁したといった話でした。
 プログラムを読めばそうだとわかりますが、ただ聞いていると「文撰大王、結構細かい奴だな」といった感想しか思いつかない情けなさ。「自民党に文撰大王みたいな人がいなくなって久しい」とか、俗世のことしか思い浮かばないしなー。
 「オラショ」とは「オラシオン(祈り)」がなまった言葉という。日本語、ラテン語、ポルトガル語の部分があり、長い口伝の末、今日では意味の分からなくなってしまった呪文として唱えられているそうです。この日は5人で唱えていましたが、きちんと唱和する必要はないそうで、聴いていると各人の口の回りで微妙な差があり、それが何だか輪唱のような感じもする、何とも不思議な響きでした。
 仏向寺(山形県天童市)の踊躍念仏は、鎌倉時代の踊り念仏を今に伝えるそうですが、これはイメージしていたのとは大違い。字からしてもっと激しく跳ね踊るのかと思いきや、動きはとにかくスローで、確かに動作はあるけど、「踊る」イメージとはほど遠いものでした。
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by maruyamamasaki | 2007-09-14 23:34 | 大阪市

その後のあれこれ

 9月15日(土)
 「祈りのかたち」の公演が終わった後、凄腕美女・・・そろそろくどくなってきたので、ここから先はPさんとしますが、そのPさんの飲み仲間の会に飛び入りさせていただくことになった。
 お仲間の一人が国立文楽劇場の方で、楽屋をはじめ普通は見られないバックステージを見学させていただいた。「いいんだろうか」と思うほどついていることですが、こうなるとここで一度も文楽の公演を見なかったのが一層悔やまれます。舞台装置の説明を聞いていても、「あの時のあれか」ってな具合に結びつかないのが残念でしたが、貴重な機会だったことに変わりはありません。
 で、法善寺近くの居酒屋で懇親会。この会も多士済々、学校の先生、和尚さん、司書と、職業もバラエティに富んでいる。在阪当時に知り合っていたら、どれほど楽しかったかとの思いがしなくもないほど。 飛び入り参加は僕だけではなかったようでしたが、驚いたことに別のグループとの合同懇親会でもあり、ステージで釈文を披露してくれた琵琶盲僧の永田法順さんまでやってきたのでした。どうなってんだかさっぱりわからないけど、ともかくも貴重なひととき、最後は法順さんの黒田節まで聴かせてもらい、心地よい混沌ぶりに酔わせていただいたのでした。
 後は御堂筋線で新大阪に行き、東京行き最終の「のぞみ」に乗るばかり。しかし、淀屋橋を過ぎた辺りで意識を失い、目が覚めた東三国でも降りられす、江坂まで来てしまった。最終に間に合わないかと焦りましたが、新大阪に戻ってどうにかセーフ。今度は安心して眠りについた。
 目が覚めたのは、たぶん名古屋を過ぎた辺り。後ろの席には言葉を覚える盛りの子供と母親が座っているらしく、楽しそうに話していました。
 「幸せそうだな」と思いつつ、またしてもまどろみ、次に目が覚めたのは三島の手前。親子の話は相変わらず弾んでいるのですが、確かさっきは日本語だったのに、英語に変わっている。小用に立つついでに後ろの客を確かめると、外国人の親子だった。なるほど。
 FBUNKAのオフで方言と標準語が話題になり、参勤交代で方言が通じない不便さをなくそうとしたことが標準語の成り立った由縁との説を聞きましたが、それとはちょっと違うものの、こうしてバイリンガルの子が育つ場を見られたのは、一種の怪電波的状況かもしれないと思ったのでした。
 でも、それだけでは終わらなかった。
 この親子、品川で降りるらしく、新横浜を過ぎると、車掌に「Shinagawa,next?」としきりに確認していた。で、品川駅に着くと、大きなスーツケースを二つ引いて乗車口に向かおうとするのだけど、どうも直前に飲んでいた缶チューハイがこたえたのか、母親の足もとが覚束ない。
 心配する周囲の客と僕。親子はどうにか車両の先頭にたどり着き、通路の自動ドアも閉まった。しばらくして新幹線が動き始めた途端、聞こえてきたのは子供の泣き声。そしてパニックになって英語で喚き、元の席へ駈けて来る坊や。
 凍り付く車内。
 幸い、親子泣き別れの最悪の事態ではないとわかってホッとしたものの、車内には(この親子にはかかわりたくないなぁ)という空気がすでに充満していた。恥ずかしながら僕もそう。昼間ならともかく、もはや総武線だって終電だしなぁ。
 東京駅のホームに入っても誰も席を立たない。何も知らずに反対側の車両から出てきた青年が、母親に捕まってしまった。困惑しつつも何とか誠実に対応している様子を見て、僕のいた車両の乗客は皆、そそくさと下りてしまったのでした。
 親子のそばを通った時、坊やが母親に「何でおりなかったの」と日本語で文句を言っているのが、妙に耳に残った。
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by maruyamamasaki | 2007-09-14 21:43 | 大阪市

その後のあれこれ(2)

 9月16日(日)
 帰宅して一晩明けた後、FBUNKAのオフの真っ最中にNHK教育で放映されていた「美の壷」の録画を見て驚いた。テーマは「長崎の教会」で、よもやと思いつつ見ていると、「祈りのかたち」の公演であった生月島のかくれキリシタンのオラショを取り上げているではないですか。
 この時期にオフが開かれたのも偶然なら、そこで「祈りのかたち」に誘われたのもまた偶然で、それにかかわる内容が「美の壷」で放映されるとなると、これはもう「怪しい電波に操られたが故の現象」に違いありません。たぶん。
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by maruyamamasaki | 2007-09-14 18:44 | 大阪市

ピカソ展と風神雷神図

 9月14日(金)
 夕方から京都でFBUNKAのオフがあり、その前に在阪当時の職場でお世話になった先輩S氏と久しぶりに食事をしようと、上洛はお昼前。京都駅での待ち合わせまで少々時間があったので、美術館「えき」KYOTOで開かれているピカソ展を鑑賞した。
 ぜひ観たいと思っていたわけではないけど、今夕のオフで会う京都在住の女性が日記HPで、この展覧会場の絵に関するピカソの親子関係の説明が明らかに矛盾していることを指摘していたので、それを確かめてみたかったのです。
 美術鑑賞より間違い探しにお金を払っているようで、何だか苦笑いしてしまいましたが、いざ入場。さあどこだと、最初にあったピカソの人物像についての説明を読む。そしたら「ピカソはあらゆるジャンの芸術に通じており云々」といった趣旨の記述があった。
 あらゆる「ジャン」? ひょっとして「ル」の脱字? いきなりこの調子じゃ、こっちの絵とあっちの絵の説明で親子関係が矛盾してるのも無理はなかろう。絵の説明は難ありでしたが、ピカソの作品展としては絵画から陶芸、金工まで楽しめてよかったと思います。
a0010524_1547114.jpg S氏と食事を済ませ、七条通りを鴨川に向かって歩いていたら土砂降りに遭った。今年の上洛はこれで5回目だけど、4回は雨降りに当たったことになる。鴨川沿いの喫茶店で雨をやり過ごしたら、空気が澄んで東山がひときわ美しく見えた。雨にも文句ばかりは言えません。
 仕事に向かうS氏と別れ、僕は京都国立博物館へと向かう。特別展こそやっていないものの、今月30日まで俵屋宗達の「風神雷神図屏風」(国宝)が展示されているのです。昨夏も観たとはいえ、展示される機会はあまりないので、また観ておきたかったのでした。
 夜のオフは四条のロシア料理キエフにて。多士済々で話だけでも面白い会ですが、2月のオフに続いて凄腕美女幹事がまたしても素晴らしいゲストを招いてくれたのです。
 それは女性の新内語りの重森三果さん。30分ぐらいかなと思っていたら、高杉晋作が作ったとされる都々逸「三千世界」を手始めに、何と1時間以上にわたって我々十数人のために何曲も弾いてくれたのでした。ロシア料理のテーブル席ながら、すっかりお座敷状態。三味線の歴史から祖父の作庭家・重森三玲さんにまつわるエピソードなど、貴重な話もたっぷり聞かせていただいたのでした。
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by maruyamamasaki | 2007-09-14 15:18 | 京都市