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大阪城梅林

 2月4日(日)
 オフ会の後は、大阪・南森町へ戻り、トーコーシティホテル梅田に投宿。在阪当時はただの「東興ホテル」だったように覚えてるんだけど、いつ名前が変わったんだろう。
 それにしても、南森町駅の真上だというのに「梅田」とは。天六で僕が住んでいたマンションも「梅田東」と付いていて、家探しを手伝ってくれた出向仲間のM氏に「不当表示だ」とからかわれたものです。「東」がある分、良心のかけらを感じていたのですが、南森町のホテルに「梅田」とはねぇ。
 わざわざここに泊まったのは、帰京前に大阪城梅林を散歩し、天満橋から京阪に乗って七条まで行き、京都国立博物館を見学するスケジュールに好都合だったから。盟友tktaku氏のように6時起きで出かけて労作「梅だより」をアップする真似はできないけど、それでも9時頃にはほぼ1年ぶりに梅林を訪れたのでした。
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 JR大阪城北詰駅から歩いて5分、しぎ野橋から大阪城天守閣を望む
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 「紅冬至」=この時期の梅では一番好きな種類
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 「蝋梅」=ピークは過ぎていたけど、甘い香りを漂わせていた。雲が出始め、青空に映える様子を写せなかったのは残念
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 「日光」=大阪にいた当時は見落としていた品種
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 「南高」=まだ咲き始めかな
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 「一重野梅」=今が満開。一つ一つの花は小さくても、木全体は華やかに咲く
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by maruyamamasaki | 2007-02-07 22:19 | 大阪市

京都御所障壁画展

 2月4日(日)
 大阪で暮らした2年で、春秋にある京都御所の一般公開には、最後の年の秋以外、毎回出かけました。皇室への尊崇が厚いわけではなく、普段見られない所を見せてもらえるのが好きなだけです。一般公開じゃなくたって申し込めば見せてくれますけど、建物は(民家で言うところの)雨戸が全部閉まっていて、あまり面白くないとのこと。
 一般公開の時は、建物の説明のほか、人形を使ったテーマ展示なども行っていて、なかなか興味深いものです。人込みを物ともせずに写真を撮りまくりましたが、どうしてもわからなかったのが襖絵。
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 2004年4月8日撮影。
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 2004年11月5日撮影。
 手を上に伸ばし、ピントが合ってるかどうかもわからずに撮ったものですが、撮れたところで、誰が描いた何という絵なのかは全くわかりませんでした。
 しかし、ついにその謎が解ける日が来たのです。京都国立博物館で開催中の新春特別展覧会「京都御所障壁画 御常御殿 御学問所」(2月18日まで)で、天皇が普段暮らした御常御殿と、学問の場などに使った御学問所の障壁画約200面を公開しています。
 何しろ初めての公開だし、次はいつのことかわからないとなると、見学しない手はありません。で、この2枚の写真がどんな絵なのかもようやくわかったのです。
 上の写真は、鶴沢探真筆「大禹戒酒防微図」。御常御殿中段の間の北面を飾っており、中国の夏の時代、皇帝の禹は献上された美酒に酔いながらも「このようなおいしい酒をほしいままに飲んでいては国を滅ぼす」と、この酒を造った儀狄という人を遠ざけた逸話を描いた。宮殿前の階段で酒瓶を持っているのが儀狄さんらしいです。
 下の写真も、鶴沢探真筆「四季花鳥図」。こちらは御常御殿二の間西面を飾っており、秋から冬にかけての様子を描いています。見ることはできませんが、向かって左側(=南面)の襖に、春から夏にかけての景色が描かれていたのです。
 図録を基にすれば、こういうことも書けるのですが、展示を見ただけではほとんどわからないのが、本展で感じた大いなる不満です。いろいろ制約があるのかもしれないけど、襖絵なんだから、襖としてはまっている状態の写真や、建物のどこにあるのかがわかる図示を、それぞれの絵の解説に付けてほしかった。
 そりゃ、一部のコーナーでそれらしき解説はあるけど、館内をだいぶ歩いた所でやっと見たって、最初の展示まで戻って確かめる人はいないし、いたら他の見学者には迷惑千万だろう。在阪当時に見た二条城の障壁画展の時も同じ問題があっただけに、改まっていないのはいかがなものかと思いました。
 とはいえ、幕末に近い時期の京都画壇の作品を一堂に見られるのは素晴らしいこと。さすがと言っては何ですが、色が褪せた様子はほとんどなかったし。
 恐れ多い事ながら、天皇陛下って本当に大変なんだなって、ため息が出ました。どこの部屋へ行っても、中国の故事などに基づく帝王学につながるお硬い絵ばかりじゃくたびれるでしょう。寝室の襖だってどの面を見ても虎の絵だらけ。野良犬に追いかけられて冷や汗をかく夢を見て、がばっと起きたら周りは虎だらけなんて生活、僕には絶対できません。
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by maruyamamasaki | 2007-02-07 19:01 | 京都市

北野天満宮節分祭

 2月3日(土)
 旧NIFTY-Serveの現代文化研究フォーラム(FBUNKA)の同窓会オフが京都で開かれることになり、喜び勇んで参加することに。単なる飲み会の時でも談論風発の趣に溢れた集まりなのですが、今回は節分祭巡りのオプショナルツアーに加え、オフ会には筑前琵琶奏者・片山旭星さんをゲストに迎え、祝い唄を披露していただくという趣向だ。こんな貴重な機会を作れるのは、凄腕美女幹事さんあってこそのこと。
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a0010524_13354454.jpg 普通の年なら節分の時期が一番寒さが厳しいのに、今年はこの暖冬。行きの新幹線から見えた富士山だって、山頂付近に雪のない所がある。この時期の富士山が真っ白に雪化粧していない(=写真上)のを見るのは、個人的には初めてのこと。
 京都駅で腹ごしらえをしてから、北野天満宮へ。早咲きの梅は満開に近い。茂山千五郎社中による「北野追儺狂言(きたのついなきょうげん)」が神楽殿で催されていましたが、既に見物客がいっぱいで、舞台の様子はさっぱりわからず。
 続いて北野天満宮に近い花街・上七軒の芸妓さんによる舞の奉納(=写真右、遠い位置から少々暗い舞台の柱と柱の狭い間をアップして撮ったため、かなりボケててすみません)と豆まきがあり、福豆(の袋)を一つゲット。一つではわが歳の数に足りないかもしれないけどね。
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by maruyamamasaki | 2007-02-07 16:47 | 京都市

千本釈迦堂「おかめ福節分」

 北野天満宮でFBUNKAのメンバー一人と出会い、豆まきが終わった後、お参りをすませてから、オプショナルツアー会場である千本釈迦堂へ向かう。大阪にいた当時も節分祭を見たことはなかったし、北野天満宮でもやや不十分だったので、ちょっと期待をかける。
 と言っても、上七軒界隈を通って徒歩5分ほどなので、おかめ節分会は午後3時開始ながら、僕らが着いたのは午後2時前。思いのほか見物客はたくさん来そう。後で到着するメンバーの分も含め、場所取りをして待っていることにした。
 しかし、見物客が来るわ来るわ。待ち合わせた3時には、後ろを振り返っても誰が誰だかわからないほどの込み具合。前の方で立っていたのを幸い、ここは間近で奉納される木遣りや狂言を楽しませていただくことにした。
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a0010524_17251393.jpg 「おかめ」さんは、この本堂の建築を請け負った大工の棟梁の妻。夫の失敗をカバーする知恵を出しながら、「それがバレては夫の恥」と、本堂の完成を前に自害してしまったいじらしい悲劇の主人公です。その縁で大工の信仰を集めており、木遣りの奉納(=写真上)があるようです。
 おかめさんや鬼が境内を練り歩く(訳ありTB)。豆を撒いても退散しない鬼をおかめさんがにっこり笑って改心させる茂山七五三社中による狂言(=写真左)も、十分に楽しめました。外人さんの狂言師の熱演ぶりが光ったかな。その様子は京都新聞動画ニュースで見ることができます。
 この後、無事にオプショナルツアーのメンバーたちと合流し、祇園方面へ移動して5時からオフ会。お開きは10時近くと、いつものように話の尽きない集まりでした。

 ※なお、千本釈迦堂ではビデオ撮影に夢中だったため、木遣りと狂言の写真は、FBUNKAメンバーの別の美女さんから拝借しました。どうもありがとうございます。
 また、北野天満宮から千本釈迦堂までの一連の様子はアルバム「2007年節分祭」にてご覧ください。
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by maruyamamasaki | 2007-02-06 16:47 | 京都市