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写真展のはしご

a0010524_15596.jpg 6月27日(日)
 行こう行こうと思っているうちに最終日となってしまった「知られざるロバート・キャパの世界」と、ちょうど同時期開催になった「サラブレッド浪漫」の2つの写真展を観に京都へ。11時に家を出て「京都駅でキャパ展を1時まで観て、祇園のサラブレッド浪漫を2時までに観終わり、河原町から阪急の特急で帰ってくれば、3時からの宝塚記念のTV中継には間に合うだろう」と、結局は競馬優先のギリギリのスケジュールながら、それが成り立つ大阪と京都の近さはありがたい。
 京都駅ビル内・伊勢丹7階にある美術館「えき」KYOTOで開かれていたキャパの写真展は、最終日とあってかなり来館者がいました。「これだけ人がいるとうるさいだろうなあ」と、嫌な予感がします。というのも、「源内焼」にせよ「南禅寺展」にせよ、もっと前に行った「トルコ文明展」にしても、関西で観に行った展覧会は例外なくざわついていたからです。おばちゃんたちに限らず、のべつまくなしにしゃべっていないと気がすまない人が、当地にはいくらでもいるらしいので。
 ところが、このキャパ展では、列になって動いていないと作品が見られないほど人がいたのに、ほぼ全員が私語を発することなく見学していました。キャパの代表作「崩れ落ちる兵士」の前でも、来日中、パチンコを楽しむなどリラックスしたポートレートの前でも、皆さん実に静かに眺めていました。多少の例外はいたにせよ、声はそれなりに低く抑えていました。
 陳腐な推察ですが、イラクで日本人カメラマンが殺された事件が起きたことなどで、戦争が完全な他人事ではなくなっていることと、既に70年近く前とはいえ、装備が今と大して変わらない(と、武器に無縁の我々には見える)スペイン内戦の現実を写した迫力が絡み合って、奇妙なくらいの臨場感を覚えている人が多かったのかもしれません。
 キャパの写真が「ちょっとピンぼけ」な作品が少なからず目立つとは聞いていましたが、それにしても大阪・四天王寺で高松宮殿下を撮った写真は、AF機構がなかった当時に新人だった僕らでさえ、こんなのをデスクに見せようものなら大目玉を食らったんじゃなかろうかと思われます。あらさがしはともかく、意外なくらい日本と縁のあった人だと知ることができた写真展でした。くわしくは主催社の紹介サイトにて。
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by maruyamamasaki | 2004-06-28 15:45 | 京都市

内藤律子写真展

 午後1時過ぎ、ロバート・キャパ展を見終わって、バスで京都駅から祇園方面へ。祇園の一つ手前「安井」という停留所前で、「ウインズ京都へお越しの方はこちらでお降り下さい」とアナウンスがあり、つい言うことをきいてしまった。
 「ここへ来たのはそれが目的じゃないだろ」とたしなめる心の声を無視し、あっという間に建仁寺そばのウインズに到着。下の写真は平日でお客さんがいない時ですが、開催日でもここのウインズは大混雑はしません。
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 というのも、一般のウインズが100円単位で購入できるのに対し、ここは1000円単位でしか買えないため、僕のような小市民には使いづらいのです。春のG1総決算「宝塚記念」の3連複1点とワイド1点と決めており、いつものように細々と買う必要はなかったので、ここで計4000円購入。さっさと本来の目的である「サラブレッド浪漫 内藤律子写真展」(29日まで、無料)を観るべく、ぎゃらりぃ西利へ向かう。
 内藤さんはサラブレッドを撮り続けている代表的な写真家の一人。関西での個展は約20年ぶりとのことです。シンザン、タケシバオー、アローエクスプレス、タイテエム、タケホープ、カブラヤオー、トウショウボーイ、グリーングラス、そして内藤さんが追い続けたハギノカムイオーなど、昭和40−50年代にターフを沸かせた名馬たちの牧場でのカットもさることながら、牧場で子馬たちが成長していく姿を捕らえた写真は、躍動感に満ちあふれています。背景となっている北海道の豊かな四季の移り変わりを味えるので、競馬そのものに興味がなくてもそれなりに楽しめるのではないでしょうか。
 ギャラリー4階には、表紙に「ぜひご感想をお書き下さい」と書かれたノートが置かれており、その下には本人直筆らしい署名が。何となく気取らない人柄ではないかと感じさせられます。
 場所柄、店に近い3階の展示フロアは、気のせいかしば漬けなどの香りがしないでもありませんでしたが。
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by maruyamamasaki | 2004-06-27 18:33 | 京都市

源内焼

 6月23日(水)
 大阪市・中之島にある市立東洋陶磁美術館は、安宅コレクションを収蔵・公開していることで有名です。陶磁器にあまり関心がないせいで、これまで中に入ったことがありませんでした。
 今月27日まで、特別展「平賀源内のまなざし 源内焼」が開かれています。「新八犬伝」世代であれば、ほぼ「天下御免」世代でもあるわけで、焼き物そのものはわからなくたって見物しない手はありません。
 源内焼とは、彼が故郷・讃岐国志度の陶工を指導して始まった施釉陶器のこと。天下御免で取り上げていた回があったかどうか、さすがに覚えていません。緑や黄色、褐色が鮮やかな色の皿などに、日本地図や世界地図が描かれている展示品を見ると、当時としてはよほど先進的なデザインだったんだろうと思います。
 せっかくだから、常設展も見ていくことに。率直に言って、何が何だかわからないけどすごいのはわかるという感じです。多少、具体的にすごさがわかったのは、展示品じゃなくて、「自然採光展示」という方法でした。
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 正面から普通に見ていると全く気づきませんが、かがんで展示ケースの上部を見ると、写真のように自然光を当てているのがわかります。
 何でも、陶磁器の色は光の影響を受けやすいとのこと。特に青磁は、昔から「秋の晴れた日の午前10時ごろ、北向きの部屋で障子1枚隔てたほどの日の光で」見るのがいいと言われているそうです。こうした鑑賞条件を常に保てるよう、東洋陶磁美術館は「光ダクト方式」という自然採光方式を世界に先駆けて開発したということでした。
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by maruyamamasaki | 2004-06-24 15:43 | 大阪市

大洞弁財天

 6月18日(金)
 日付は戻りますが、18日に彦根へ出かけた時、最後に寄ったのがこの大洞弁財天。彦根城表門、または彦根駅のどちらからでも歩いて15分程度。大洞山(211m)の中腹にあります。といっても、感覚的には高さ50mぐらいってとこでしょうか。
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 ご覧の通り、見事な彫りが施された三門があり、本殿も同様で「彦根日光」の別名があるとのこと。
 弁天様は琵琶湖の竹生島、江ノ島、浜名湖など、水辺にまつられていることが多く、水の神様なんだと思っていましたが、また何でこんな山に?と、不思議に思いつつ、彦根駅へ向かう途中、さっき龍潭寺で出会った地元のおじさんにバッタリ。聞けば、「今じゃ全然わからないけど、この辺りは琵琶湖の一部を干拓した土地で、昔は大洞山の麓に船着き場があって、そこから登ってお参りしたそうですよ」と教えてくれた。なるほど、昔は水辺だったから弁天様があっても当然なわけです。
 この日、彦根へ来たのはもちろん彦根城見物のためでした。国宝とはいえ天守が小さいからコンパクトな城だろうと思ったら大間違い。城郭全体としての見どころは、ひょっとすると姫路城を上回るかもしれません。ひと回りした様子と、大洞弁財天に来たわけはこちらで。弁天様の由来についてのおじさんの話も通説のようですが、本来のいわれはこちらに詳しいです。
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by maruyamamasaki | 2004-06-23 12:09 | 滋賀県

八犬伝のモデルとは

a0010524_14355.jpg 6月19日(土)
 読売新聞(大阪版)の木曜朝刊に「寺社だより」というコーナーがあります。17日付に、千葉県で育った者としては注目すべき記事が出ていました。明石市の雲晴寺で19日、南総里見八犬伝のモデルとなった江戸期の大名、里見忠義の法要が営まれるという。
 今、40歳代前半の世代は、小学生から中学生にかけての時期、NHKで放映した人形劇「新八犬伝」に夢中になった人が多いと思います。僕もそうです。10年ほど前、千葉県市川市に住んでいた時のアパートの大家さんが滝沢馬琴の子孫で、八犬伝とは不思議な縁?もありました。
 しかし、モデルがいたとは知らなかった。記事によれば、里見忠義は十代目の藩主でしたが、姻戚の小田原城主が失脚したあおりで安房から伯耆・倉吉に国替えさせられ、失意のうちに29歳で死去。その3か月後に家臣8人が殉死したとのこと。
 忠義の妻・桃源院が弟の明石藩主に身を寄せ、亡夫を偲んで石碑を建てたのが、この雲晴寺。3年前に石碑の由来が判明してから、忠義の命日に関係者が集まっているそうです。
 行って見ると、外向けの行事ではなさそう。となると、人が集まっている忙しい時に「石碑を見せてください」と頼むのもはばかられたので、今回は場所確認のみで引き返すことに。
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by maruyamamasaki | 2004-06-20 14:05 | 兵庫県

明石城・巽櫓の公開

a0010524_1400.jpg 今日は土曜日なので、明石城の巽櫓の中を公開しているはず。城へ行ってみると、無料公開の受け付けがあり、内部へ入ってみました。
 三重の櫓ではありますが、見られるのは1階部分だけで、これといった展示もありません。しかしながら、ボランティアの人たちは親切で、いろいろと解説してくれます。その中で、「巽櫓は280トン、西側の坤(ひつじさる)櫓は360トン」という話があり、どうして重さがわかるのか不思議でした。
 さらに説明を聞いて納得。阪神大震災で被害を受け、その補修などのため、曳家工法で一時、移動させたことがあるのでわかったとのことでした。
 ちなみに、巽櫓は、明石城を築いた小笠原忠真が最初に入った船上城(明石城の南西約1キロにあり、キリシタン大名の高山右近の居城だった)の遺構だそうです。
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by maruyamamasaki | 2004-06-20 14:01 | 兵庫県

明石城・坤櫓の破風

a0010524_13586.jpg 一方の坤櫓は伏見城の建物を移築したとの史料が残っています。
 これも説明を聞くまで気づきませんでしたが、坤櫓の二層目の破風はちょっと変わった形をしています。三角形の千鳥破風と、なだらかな線の唐破風が重なっているのです。
 巽櫓の南側を見れば一層目は唐破風、二層目は千鳥破風と分かれています。あいにく、上の写真じゃわからなくてすみません。坤櫓のように千鳥破風と唐破風が重なっている例はかなり珍しいとのこと。僕のような単純な素人は、こういう話を聞いただけで得をしたような気になりますから、全く安いもんです。
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by maruyamamasaki | 2004-06-20 13:59 | 兵庫県

たこフェリー

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 出不精だったせいもあり、わが国の領土のうち、北海道・本州・四国・九州以外で行ったことがあるのは、江ノ島と三重県鳥羽市沖の答志島だけ。
 明石と淡路島を結ぶ「たこフェリー」に乗れば、気軽に淡路島へ行けます。友人の薦めで「菜の花の沖」(司馬遼太郎)を読み始めてから、一度は行ってみたいとは思いつつ延び延びになっていました。時間が余ったのを幸い、明石駅から徒歩7-8分の港へ。
 たこフェリーは24時間運航で、ほぼ1時間に2本は出ています。明石海峡大橋ありと言えども、通行料が高すぎるのか、地元の足は依然としてこちらなんでしょうか。車に乗らない人は、明石に行く度に明石海峡大橋を渡っていたんじゃ、遠回りでお金がかかるのもいいとこだし。
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by maruyamamasaki | 2004-06-20 13:56 | 兵庫県

下から見た明石海峡大橋

a0010524_13476.jpg 明石から淡路島・岩屋港まで、たこフェリーの所要時間は約20分。淡路島へ向かう際、明石海峡大橋を眺めるのは左舷、淡路島を眺めるなら右舷の席がいいようです。
 世界最長の吊り橋を真下から見ると、こんな感じでした。
 この日の午後はまだ晴れていたとはいえ、海上から見渡せたのは神戸市の西部ぐらい。明石海峡大橋の下をくぐり、まもなく岩屋港という辺りで東の海を目を凝らして見ていると、ぼやっとしてはいるものの、高いビルらしき影が見えました。たぶん、大阪のWTCでしょう。
 3月にWTCの特別展望台から明石海峡大橋に沈む夕陽を撮るイベントがあり、雲のせいで橋までは見えませんでした。でも、条件さえよければ撮れるんでしょう。わざわざ遠く離れたWTCからぼんやり写っている写真を撮るよりは、もっと近くできれいに撮る方がいい気もしていますが。
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by maruyamamasaki | 2004-06-20 13:48 | 兵庫県

美湯 松帆の郷

 車なしでたこフェリーを使う場合、お得感があるのは「たこで湯ったり温泉きっぷ」。往復乗船券と、明石海峡大橋を見下ろせる場所にある「美湯 松帆の郷」の入浴券がセットになって900円。
 別々に買うより440円安いのですが、割引額以上に、露天風呂につかってこの眺めを楽しめるメリットは大きいと思います。普通の健康ランドだって行けば千円ちょっとはしますから、明石近辺に住んでいる人がうらやましい。もっとも、岩屋港から松帆の郷まではちょっと距離があり、地元のバス(片道200円)で行くのが一般的。
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 さすがに露天風呂にカメラを持ち込む度胸はありませんでしたが、施設脇の広場からも橋の眺めを楽しめるので、写真はそこで撮影。
 一番いいのは夜でしょう。青いイルミネーションの輝く明石海峡大橋の向こうに、神戸の夜景が見えれば言うことなし。しかし、今の時期、橋のイルミネーションが点灯するのは、日没後の19時半近く。松帆の郷から岩屋港へ行くバスの最終時刻は19時26分なので、車なしで来る人が夜景を楽しむ場合は、タクシー利用で帰ることになる点をお忘れなく。
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by maruyamamasaki | 2004-06-20 13:44 | 兵庫県