<   2004年 04月 ( 24 )   > この月の画像一覧

つつじの通り抜け

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 4月26日
 北斎の「神奈川沖浪裏」や雲仙普賢岳の火砕流を思い起こす、まるで人を飲み込んでしまうようなツツジの花の波。写真に写っている人が遠くて小さいせいはあるにせよ、ここ堺市・浅香山浄水場のツツジのど迫力は、行ってみないとなかなか実感できないかもしれません。
 植えられているのは、町中でよく目にするのと同じ種類のヒラドツツジですが、その数は約2300本。高い所では3m以上はあるように見えます。もちろん、ツツジがそんな高木になっているのではありません。浄水場周囲ののり面に植え込まれているのでそう見えるのですが、ツツジ自体も手入れがいいせいか、かなり枝を伸ばしています。

 夕方からの出勤を前に、4月29日まで開かれている「つつじの通り抜け」を見物に行ったのですが、浄水場内はほとんど舗装されていないので、中を歩いただけで革靴は砂埃で真っ白。雨だと結構、ぬかるむと思われます。
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by maruyamamasaki | 2004-04-26 16:12 | 大阪府

メモリアルホームベース

a0010524_23656.jpg 4月23日
 泊まり明けの足で天王寺へ向かい、大阪教育大内にある放送大学大阪学習センターで3時間ばかりお勉強。近くまで来たんだからと、なんばパークスへ。
 ここは大阪球場の跡地ですが、その証拠というか痕跡を後世に残すべく、原寸大のメモリアルプレートが埋め込まれています。南海なんば駅とパークスタワーを結ぶデッキの間、かつて球場のホームベースがあった場所とのこと。この写真で上の方、人々が歩いている辺りにはもちろん、ピッチャーズプレートもあります。
 付近の案内板にはそのことを紹介していません。大阪全体で感じる案内表示の不親切ぶりはともかく、ことこれに限っては、敢えて表示を出さない奥ゆかしさというか、南海ホークスらしい男っぽさを感じますねえ。
 以前に触れた通り、タワー内にある南海ホークスメモリアルコーナーには、ここのマウンドに立った江夏も、その速球を受けた野村もなぜか紹介されていません。今日見ていた限りでは、ホームベースに気がつく人もほとんどいませんでした。
 しかしながら、個人的には、大坂球場の記憶を残す痕跡あるなしで、なんばパークスの持つ価値全体が大きく違ってしまうのだと、どうしても思いたくなります。
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by maruyamamasaki | 2004-04-23 22:59 | 大阪市

竹流金

a0010524_21397.jpg 4月21日
 シャツ1枚でちょうどいいほど暑い午後、造幣局の残り桜を見物に。それにしても、照りつける中を造幣局まで歩く道が長く感じたこと。
 造幣博物館の見学手続きをして中に入ると、ほとんど誰もいません。桜はまだ十分に残っていましたが、種類は限られていて、最も本数の多い関山と、鎌足桜がほとんど。ほかは松月ぐらい。いずれも八重桜の種類です。
 造幣博物館は2度目なので、展示はそれほどじっくり見ることはありません。お目当ては、ここにしかない竹流金を撮ること。溶かした金を竹に流し込んで作った臨時の貨幣で、大坂冬の陣か夏の陣のころ、集めた浪人への恩賞に与えられたとされています。展示されているのは、昭和初期に淀川で偶然見つかったものです。
 城山三郎氏の小説「黄金の日々」に、竹流金がちょっと出てきます。読んだ当時は結構、大きいように想像したものでしたが、実物はかなり小さいです。元々、金なんて大量にあるものではないし、恩賞用となると、与える相手は限られているとしても、そうはたくさん与えられないしね。
 勲章のコーナー以外は撮影禁止ではなさそうだけど、露骨なのも何だからデジカメをロッカーに置いて、携帯電話のカメラで撮ってみることに。
 200万画素AFが威力を発揮するかと思いきや、ガラス越しの室内とあって、ピント合わせからして大変。ブレないように撮るのも難しい。
 ところで、ご覧になればわかる通り、「竹流金」と書かれたプレートの長方形の上辺がまっすぐではなく、両端側ほど歪んでいます。「たる型歪曲」と呼ばれ、レンズ口径の小さいコンパクトデジカメでは不可避な現象ですが、携帯電話のカメラとなるとなおのことですね。タテ位置でさえこうですから、ヨコ位置だと相当歪みそうです。
 
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by maruyamamasaki | 2004-04-23 21:40 | 大阪市

桜の通り抜け最終日

a0010524_155844.jpg 4月14日
 造幣局の通り抜けも今日でおしまい。期間中、もっと足を運びたかったけど、イラク人質事件の警戒で全く出られず。休みの今日も本当なら高山祭を見物するはずでしたが、それも断念。旅行のキャンセル料はとられるし、財布もなくしたし、よくよくついていません。
 雨が上がった夕方から、通り抜けの見物へ。桜の散るのは早い。1週間前は「水都、大坂の春だなあ」と思うほど、大川の両岸に咲き誇っていた桜は完全に散っていました。人出を見込んで並ぶ夜店も、雨でこの時間帯ではヒマそうだ。
 通り抜けの入り口にたどりつき、デジカメを準備。もう4時半だし、曇りだから花を撮れる時間は短い。それでも、いざ始めると時間がかかる。今年の花「御衣黄(ぎょいこう)」の珍しい緑色の花(=写真)を撮るころには、かなり暗くなってブレが目立ち始めた。10倍ズームで何とか写すのが精一杯。
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by maruyamamasaki | 2004-04-22 15:59 | 大阪市

旧正門内のガス灯

a0010524_154117.jpg 通り抜けのもう一つの注目ポイントは、今年から日没後に点灯されることになった旧正門内のガス灯。友人のHPを見て知ったのですが、どこにあるのかは覚えておらず、警備のおじさんに尋ねてみた。すると「誰も聞いてくれなかったんだよなあ」と愚痴をこぼしながらも、親切に旧正門の中に輝く2基を指差して教えてくれた。
 造幣局では、構内で製造した石炭ガスを用い、1871年(明治4)9月に点灯されたそうです。大阪市で一般向けのガス供給が始まった1905年(明治38)に先駆けること34年。今で言えば、大坂万博で公開されたテレビ電話が、ようやく一部で使われるようになったのと似たような感覚なんでしょうか。
 造幣局のガス灯は「日常使用されたわが国最初のもの」だそうです。
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by maruyamamasaki | 2004-04-22 15:42 | 大阪市

清水寺ライトアップ

 4月8日
 依然として、京都市内各所の位置関係は把握できてませんが、203系統の市バスに乗れば、主だった場所へは行けるのがわかってきました。哲学の道から離れて行き着いたのが偶然、車庫前のバス停だったので、楽々と座れ、歩き通しだった身には大助かり。同時に、睡魔にも襲われて、あやうく「ちおいん」前を乗り過ごしそうに。
 花灯路からほぼ1か月ぶり。あの時は気配もなかったけど、円山公園の枝垂れ桜も既に散り始めていました。清水寺もやばいかな。それにしても、一度歩いた経験があると、距離と時間の感覚がわかるので気が楽。慣れた人のように二年坂、産寧坂を登って行き、清水寺に着いたのは5時半過ぎ。空が晴れているから、夕陽は結構、きれいでした。
 入場時間が15分早まって、まだ明るいうちから中へ。胎内めぐりもしたかったが、お目当てはライトアップされた清水の舞台と桜なので断念。舞台ではお参りもそこそこに、撮影ポイントへ向かった。
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 肝心の桜はほとんど散って、舞台に向かって右側にわずかに残っていただけ。ないよりましか。京都タワーなど市街の夜景もなかなかきれいです。写真を何枚か撮って引き上げ。
 河原町から阪急の特急に乗り、高槻から天下茶屋行きの各駅停車に乗り換え。もう眠って帰りたいが、こういう時には案外眠れない。家に着くころ、イラク人質事件が発生、会社へ向かう。再度、帰宅したのは午前3時ごろでした。
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by maruyamamasaki | 2004-04-22 04:01 | 京都市

哲学の道

 4月8日
 京都御所の見学を終え、午後4時過ぎにバスで銀閣寺方面へ向かう。一番肝心な清水寺のライトアップは日没の午後6時半ごろからだから、まだまだ時間は十分。
 「哲学の道」の桜も、散り始めとはいえ、まだ楽しめる程度には残っていました。疎水が暗渠に落ち込む辺りから、両岸の桜から散った花びらが川面にたまり、桜のじゅうたんのようになっていました。ペットボトルやごみも混ざっていたけど、これはこれで美しい眺めで、若い女性なんかが結構、感激してました。
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 桜のじゅうたんにはこの通り、鴨が一羽、浮いており、なんとも幸せそうな様子。
 歩き通しでさすがに空腹。銀閣寺の参道にあった手焼き煎餅の店で七味煎餅を買ってみました。1枚140円の煎餅なんて、自分が食べるために買うのは生まれて初めて。焼きたてだから温かいし、七味の風味はあっても辛くはありません。
 そうこう哲学の道を歩いていましたが、きりがないので、途中で抜けてバス通りへ戻ることに。偶然、行き当たった京都市の施設の裏側に、旧市電の車両が置いてあるのを見られたのはラッキーでした。
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by maruyamamasaki | 2004-04-19 16:02 | 京都市

京都御所の一般公開

 4月8日
 造幣局の通り抜け見物の後、2時半ちょっと前に到着。入り口で荷物検査があり、何年か前だったら「物々しい」と感じたかもしれませんが、米同時多発テロ以降、どこでもやってるので、むしろ割とおおらかな印象です。中に入った後のことですが、細々とした落し物の放送が結構あり、皇宮警察も案外親切なんだなと思う。
 紫宸殿、清涼殿、小御所など、歴史の舞台を眺めて歩く。紫宸殿前の左近の桜は半分近く散っていました。
 14年前、浜松で勤務していた当時にもらった橘の鉢を君津の実家の庭に植え、今ではそこそこ大きくなったけど、そのご先祖様が右近の橘。見た感じ、ちょっと元気がなさそうでしたが、こうして見られる機会があろうとは思いませんでした。
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 写真は小御所に展示されている「賀茂祭(葵祭)の折、輿で参向する様子」です。どうってことないようですが、人形6体の表情がわかるように撮れるポイントは非常に限られています。実際は、輿の右後ろにもう1体あるので、全部入ったわけじゃないですけど。
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by maruyamamasaki | 2004-04-19 15:45 | 京都市

こんな所にも

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 御所の中を歩いている間に、ふと気がついたのが、このマンホール。さすがと言っては何ですが、ちゃんと「宮」マークです。
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by maruyamamasaki | 2004-04-19 15:14 | 京都市

蛤御門

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 御所といえば、蛤御門はどこにあるんだろう。パンフレットを見ると、見学者出口からそれほど離れていない所です。幕末の都を揺るがした舞台なんだから、さぞや立派なのかと思いきや、この通り。その辺の寺の門よりも貧弱な印象です。
 パンフレットによれば、現在の御所の建物は、ほとんどが1885年(安政2)に再建されたとのことですから、当時の門とて、周囲は生垣じゃなかったにせよ大きさなんかはこんな感じだったんでしょう。長州兵はこんな門も突破することができなかったのか。そりゃ守った会津・薩摩が強かったんだろうけど、これは意外でした。
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by maruyamamasaki | 2004-04-19 15:09 | 京都市